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水の落ちる音を聞いて眠りにつく。 それに前後して流れる水の音を聞き、遠くにガタン、ガタンと、水車のまわる音を聞く。 寒さにかじかんだ手足を抱き込み、隙間風の入る納屋の片隅で、痩せた牛の体温を唯一の頼みに、藁を掻き集めた寝床で丸くなる。 空腹を満たすために飲んだ、凍るように冷たい川の水が身体を内側から凍えさせる。後悔しても遅かった。あかぎれが割れて血の滲んだ手で何度もお腹を擦り、夢も見ない短い眠りに就く。 夏の炎天下での田んぼの草むしりは辛いが、冬の寒さと空腹に比べれば随分ましだ。冬は山野の草木も枯れ、秋からの蓄えが底をつけば一家が生きていけないという事だった。毎年、何人かが春を待たずにいなくなる。 納屋から少し離れたところには母屋があり、反対側に少し離れたところに滝がある。大人の背丈三人分ほどの高さの滝が、半分近くも凍りついてしまっている。じきに全て凍りついてしまうかもしれない。そんな滝の姿を、タキはまだ見たことがない。今年の冬は長く厳しい。 タキという名は、よその村から流れてきた母が、滝の側でタキを産んだからつけたのだろう。母は運良く器量を見込まれ、庄屋の小間使いとして五年働き、一人でタキを育て、いなくなった。 誰に聞いても母の事をタキに話してくれないので、タキは母の名さえ知らない。「あの女」と皆はいう。「タキはあの女の産んだ子だから、血は争えないものだよ」と。 もうすぐ、母がいなくなってから五度目の春がくる。滝の氷が全て溶け、春になるとタキはこの村を出る。買われて、村を出て、新しい主人の元で働くのだ。 どうやらそれは、あまり楽しいことではないようだが、春がくるのは待ち遠しい。寒さから開放され、陽射しが明るく穏やかになり、緑の葉があちらこちらから顔を出す。鳥がさえずり、花が咲き、霞がかった空のむこうから、母がひらりとまいもどってきそうな気がする。 大人の男達は最近、庄屋の家に集まっては、なにか深刻そうな顔を突き合わせている。厄介ごとがあるのだ。問題が起こると、決まって男達はそうする。タキの母が村に流れついた時にも、同じように集まって話し合いがなされたのかと想像すると、なんとなく可笑しい。存在していないかのように扱われるタキ達にも、その存在について話し合われた時があったのだろうか。 寒さはますます厳しくなり、ついに滝が完全に凍りついた。 前代未聞の事だと、女達までもが押し黙り、足早に集まってくる男達の背中を、当惑の面持ちで縋るように見ている。 タキはその日の晩、珍しく暖かい稗粥をすすり、いつもより早く床に就いた。「明日の朝は早いからね」と言われ、温まった身体は抗し難く眠りに引き込まれた。 男達に揺り起こされ、寝惚けたまま強引に納屋の外に連れ出されたのが何時頃だったのかはわからない。男達は一言も声を発さず、タキの手を引いて川上へと向かって歩いた。 目はすぐに覚めたが、タキも黙って男達の後を、半分走るようにしながら歩いた。抵抗しても、質問しても、返ってくるのは手や足だということを嫌というほど身体が知っていた。 冷え込んだ夜の空を見上げると、冴え冴えと満天の星が輝き、時折流れる星のヒカリがタキの目をやいた。雪の上で感覚のなくなった足を二本の棒のように前に押し出し、何度も何度も転びながら、タキは見たこともない澄んだ星空を見上げ続けた。冷たい土がタキの視界を奪うまで。 水の落ちる音を聞いて目を醒ます。 雪解けの最初の雫がぽたりと落ちて土に染みる。 ぽたり、ぽたりと雫が落ち、土に染み込み、やがて涌き水となり、沢となり、川となって流れ出す。もう春はすぐそこまで来ている。 #################################### end. 時間的にはこれ(ぷはっ!)のだいぶ昔のお話です。 題材的にはまあ……kネット? 無謀なのは百も千も承知してます(^^;;
by e--mi
| 2005-03-13 17:20
| kaku<山の波間に>
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