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キラキラと、明るい緑色の葉の間をすり抜けて光が落ちてくる。 僕は柔らかい草の上に寝転がり、その模様を見ているのが好きだ。草のにおいも、土のにおいも大好きだ。ときには甘い花の香りがまざっていたり、小さな虫の羽音も聞こえてくる。風がおこす葉や枝の重なり合う音。川の淵や瀬を水が流れ、岩や川底にぶつかり渦を巻く音。魚たちの尾やひれが水をかいてたてる音。そういったもの全てが僕に力を与えてくれる。 深呼吸を一つしてから目を閉じ、より敏感になった音に耳を傾けているうちに、いつの間にか僕は眠ってしまっていた。 そんなに長い間ではなかったと思う。時間にすれば五分か、十分か。ほんの一瞬の事だったと思う。 瞼の裏に影が射して、目を開けるとその子が僕を覗き込んでいた。 「――――誰?」 良く晴れて春霞のかかった空が眩しくて、影になった顔はすぐには見えなかったけど、僕はすぐにそれが誰なのかわかっていた気がした。 「…………」 明るさに眼が慣れてくると、驚きと、安堵と、戸惑いとが混ざり合ったような表情が、いつも橋の上から川を見ていた女の子の顔に浮かんでいた。 「えと、……私、ゆず。あなたが倒れて――じゃなくて、寝てるのが上から見えて、ぜんぜん動かないから、大丈夫かなって、心配になって……」 僕を死体だとでも思ったのか、あるいはそれに近い状態に。だとすれば、さぞかし彼女を困らせてしまったのだろうなと思い、僕はにこりと笑顔をつくった。一つは彼女を安心させるために。もう一つは彼女の警戒心を解くために。そして、もう一つはとても嬉しくて。 これ以上ゆずを驚かせないようにと、不自然にならない程度にゆっくり身体を起こし、両腕を伸ばしで大きくのびをした。ついでにあくびも一つ。 「そっか、心配させてごめんね。でも嬉しいな」 「嬉しい……?」 強張っていたゆずの表情がいくらか緩んだような気がして、更に嬉しくなってつい口数が多くなる。 「うん。いつもなんて名前なんだろうって思ってたんだ。あの橋を渡るのが時々ここから見えてたから」 僕が笑うと、ゆずもつられて笑ってくれた。ぎこちない感じも残っていたけど、太陽が眩しかったからだと思うことにした。 「僕はね、カンタ」 「カンタ……くん?」 「うん、おじさんがつけてくれたんだ。カンタ、でいいよ。僕もゆずって呼んでいい?」 ゆずはためらいながらも首を縦に振る。なんでもじっくり考えてしまう性分なのかもしれない。 「ね、すわらない?」 今度も少しだけ考えるように首を斜めにし、ためらいながらも川を前に並んで僕の隣に腰を下ろした。人がもう一人すわれるくらいの距離をあけて。そこには咲き始めたばかりの、カワラニガナの黄色く小さな花が風に揺れていた。 「いつもあの橋を渡るよね?」 「うん、通学路だから……。あなたも、ここでよく見かけるよ」 僕は驚いてゆずを見る。ゆずが僕の存在に気付いていたとは思わなかったから。 「カンタ、だよ」 僕はゆずに僕の名前を呼んでほしくて言った。 「……カンタも、いつもここにいるね」 澄んだ声が一音一音を確認するように言った。 「好きなんだ、ここ」 ゆずはじっと僕の目を覗き込むように見ると視線を川に戻し、手と足をぎゅっと伸ばして草の上に寝転んだ。 「うん。私も、こうして寝転んでみたかったんだ」 なかなか起き上がろうとしないゆずに、 「服、汚れるよ?」と、心配になって言う。 「大丈夫。怒られたって平気」 平気だと言ったゆずの眼に、硬い何者かがちらりと揺れた。橋の上で立ち止まり、川面を見るともなしに見ていた横顔と同じ表情で、しばらく空を睨んでいたが、その表情もやがて緩やかに四散し、僕は黙ってゆずの横で、ゆずと同じように草の上に寝そべった。
by e--mi
| 2005-05-03 15:22
| kaku<山の波間に>
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