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その時も、もしかすると街には音楽が溢れていたのかもしれない。パチンコ屋から流れてくる行進曲や、電気屋のテーマソング。商店街のスピーカーから流れる有線のヒット曲。私の記憶の中のどこを探しても、その場所に音の気配はないのだけど。 毎日が同じ顔をして通り過ぎていく中、貴方だけが鮮やかな色彩を纏っていた。赤や青や緑や黄の、冷たくもあり、優しくもあり、暖かくもあり、穏やかでもあり、熱くもあった様々な色。 ある日突然、貴方は初めて真剣な顔をして、別れようと呟いた。 私はいつの日にか告げられるであろうその言葉を、ちゃんと心の片隅では覚悟していたにもかかわらず、いざとなると身も蓋もなく泣き崩れて、貴方と別れたくないのだと駄々を捏ねた。 すまなさそうに頭を垂れていた貴方だったけど、私がいつまでも掴んだ服を離さないものだから、イライラと髪の毛を指先で掻き回し、ついには怒り出してしまった貴方。 「仕方がないだろ。俺にはちょっとやばいくらいの借金があるんだよ」 私は迷わず即答した。現実を甘く見ているつもりはなかったのだけど、恋にどっぷり溺れていたことは否定できない。 「二人で働いて返せば一人よりも早く返せるじゃない」 冷静であれば、なんて馬鹿な自分だろうと思うけど。 「一般庶民のお嬢さんに何が出来るってんだよ」 全く、貴方のいう通りだと思う。とことん馬鹿な私。それでも諦めないで、一緒に頑張ろうと言ってほしかった。 「なによ、貴方だってただの一般庶民じゃない」 怒りは時として、悲しみや驚きを易々と凌駕するのかもしれない。貴方は私との関係を清算し、借金を肩代わりしてくれる彼女ともう一度やり直すつもりだという事を私は知っているのに、私が彼女の存在を知っているという事を貴方は知らないのだろうか? 「・・・・・・いいよ、別れる。でも一つ条件があるの」 睨み合ったまま、唇だけを機械的に動かす。 「何?」 憮然と応じる貴方。 「何でもいい?」 「出来ることならね」 大袈裟に肩を竦めながらも、柔らかくて二度と元には戻らない敏感な部分についた傷にはちっとも気付かない貴方。 「携帯についてるストラップを買い取りたいの」 ゲームの下手な私が唯一、ゲームセンターで粘って手に入れた景品は、貴方がいつか将来乗ってみたいと言っていた大型高級外車の模型だけど。おもちゃ箱を広げて見た私と貴方の夢の欠片でもあるのに。 「ほらっ」 いつもよりも不器用な指の動きで、じれったそうに外したストラップを私の広げた手の平の上に乗せる。 「やるよ・・・・・・って言うのも変か。元は俺がもらったもんだし――」 じゃあなと片手を振り、どうせ捨てるから――という言葉をかろうじて最後に飲み込んだのだろう貴方の、後ろ姿を視線だけで追い、傷だらけになった車のストラップを大切に握り締め、反対の手で掴んだ一枚の紙切れをポケットの中で握り潰す。 もう一度、貴方の背中を追いかけていたらと、後になって私は何度も考えてしまうのだけど、それはどこまでいっても想像の域を出る事はない。 例えば偶然、宝くじが当たってしまったとしても、貴方と私の歩む道は別たれてしまったのだから、それを修復することは二度と永遠に出来なかったのだ。 使い道のなくなったお金で大型の高級外車を買ったものの、日本の道路で乗りこなせるはずもなく、手元に届く前に売りに出した私をサポートしてくれたのが将来の旦那だなんて、そこまで言ってしまったら面白くないので今は内緒にしとくけどね。 最後に一つだけ、あなたの旦那様は音楽を愛し、音楽と共にあなたを愛したってこと。 では、また。 ☆ 天国からのメッセージ 2007年のわたしへ。 元気ですか?2007年ごろの自分のことを懐かしく思い出します。 わたしは78歳で、つまり西暦20XX年に、ちょっとした病気が原因で生涯を終えます。良い事ばかりでは無かったけれど、それなりに楽しい人生だったと思います。 だだひとつだけ過去の自分に、つまり今のあなたに伝えておきたい事があります。それは 2015年の秋のこと、わたしはちょっとした偶然が重なって、大型の高級外車を購入することになります。今にして思えば、それは人生の分岐点でした。 こころに留めておいてください。 最後にひと言、78年間生きてみて思ったのは「音楽は人を幸せにする」ってこと。 では、また。 これから先も悔いのない人生をたのしんで。 e--mi – 20XX年の天国にて 追伸 案外長生きしちゃったわけだけど、まさかケチなこの私が「ちょっとした偶然が重なって、大型の高級外車を購入する」なんて、今になって考えても驚きだけどね!
by e--mi
| 2007-09-17 16:08
| kaku
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